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金沢地方裁判所 昭和60年(行ウ)10号 判決

石川県河北郡津幡町字清水チ三五二番地四

原告

中川道夫

右訴訟代理人弁護士

菅野昭夫

加藤喜一

本田祐司

金沢市彦三町一丁目一五番五号

被告

金沢税務署長 田井正樹

右指定代理人

深見敏正

三輪冨士雄

後藤博司

舟元英一

松本秋景

木村亘

有沢勇一

上田好一

主文

一  被告が、昭和五七年八月二四日、原告の昭和五四年分ないし同五六年分の各所得税についてした決定及び無申告加算税の賦課決定の各処分(昭和五四年分については審査裁決により一部取消後のもの)のうち、昭和五四年分については所得額金一〇一万六八二五円、同五五年分については同金一六五万三七五七円、同五六年分については同金二六〇万八一九四円を超える部分をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文と同旨

第二事案と概要

本件は、建設塗装業を営む原告が、昭和五四年ないし同五六年(以下、総称して「本件係争各年」という。)分の所得税について申告しなかったところ、被告が、実額で把握した売上原価を基に推計課税を行ったので、その認定に係る所得額が過大であるとして、原告の自認する所得額を超える部分の取消を求めたものである。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、本件係争各年分の所得税について申告をしなかった、原告のした異議申立及び審査請求、被告のした決定、無申告加算税賦課決定の各処分(以下、これらを総称して「本件処分」という。)及び異議決定並びに国税不服審判所のした審査裁決の経緯は、別表一記載のとおりである。

2  原告は、建築塗装業を営んでいるところ、本件係争各年分における売上原価の実額は、次のとおりである(その算出過程は、後記の争点2の「被告主張の要旨」において述べるとおりである。)。

(一) 昭和五四年分 金 七五万〇一九〇円

(二) 同 五五年分 金 五〇万四六三〇円

(三) 同 五六年分 金一二五万二一〇八円

二  本件の争点

1  調査の適法性と推計課税の必要性について

(一) 被告主張の要旨

被告は、原告がその事業規模に照らして所得税の確定申告の必要があると思われるにもかかわらず、本件係争各年分について申告をしなかったことから、所得税の調査に着手しようとしたところ、次のとおり、原告がこれに非協力な態度に終始したので、やむを得ず推計課税を行ったものであり、その具体的手続も所得税法二三四条の定めた質問検査権に基づくものとして適法である。

(1) 被告所部の調査担当職員江川雅久(以下「江川係官」という。)は、昭和五七年六月五日ないし同月九日にかけて、事前に三回ほど電話連絡した上、同月一四日、原告方に赴いたが、同人は留守であったので、同月二一日一〇時ころに再度臨場するので在宅願いたい旨のメモを差し置いた。

(2) 江川係官一名は、同月二一日、原告方に赴いたところ、第三者である民主商工会(以下「民商」という。)事務局員が立ち会っていたので、調査に支障があるとしてその退席を求めたが、原告はこれに応ぜず、また事業所得に関する帳簿書類の提示を求めたのに対しても、これを拒んだ。

(3) さらに江川係官外一名は、同月二五日、原告方に赴いたが、同人は不在であったので、同人の妻に対し、「所得税の調査に協力てほしい。協力するかどうかを同月三〇日までに回答してほしい。」旨記載したメモと「税金・申告と調査」と題するパンフレットを手渡すとともに、右調査に協力してほしい旨伝言を依頼したが、原告からは何の連絡もなかった。

(二) 原告主張の要旨

被告主張のうち、原告が本件係争各年分の所得税の申告をしなかったこと、係官が、昭和五七年六月二一日、原告方に赴いたこと、以上の事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

本件の税務調査は、次のとおり違法であり、推計の必要性は認められるものではない。

(1) 税務職員が質問検査権を行使するには、原告の所得額に対する合理的な疑いが存在し、かつその理由と必要性を納税者に具体的に明示しなければならないというべきところ、本件においてはこれらを欠いている。

(2) 本件の税務調査は、原告が石川県の民商の中枢メンバーであることに着目して、その組織に打撃を加える目的で行われたものである。

(3) 反面調査の実施は、納税者に信用失墜等の重大な損害を与えることになるから、より厳格な必要性を要するところ、本件においては右要件を欠いている。

(4) 税務調査に対して、原告が信頼できる第三者(民商事務局員宮川外茂次。以下「宮川」という。)を立ち会わせようとした場合に、具体的な弊害の有無を問わず、税務署員の守秘義務を理由に一律にこれを拒絶するのは不当である。

2  推計課税の合理性について

(一) 被告主張の要旨

本件処分は、次のとおり、合理的な推計に基づいて行われたものである。

(1) 被告は、原告の取引先である訴外株式会社共栄商会に対する反面調査により把握した仕入金額をもって売上原価とした(なお、昭和五四年分については、開業年度であることに鑑み、実額で把握した仕入金額金九三万七七三八円から、期末棚卸高としてその一〇分の二を控除した。)ところ、その金額は、前記当事者間に争いのない事実2(一)ないし(三)記載のとおりである。

(2) 次に、被告は、金沢税務署管内において建築塗装業を営む個人事業者のうち、本件係争年分の所得税について青色申告書を提出した者で以下の選定基準に該当する事業者として三業者(以下「類似同業者」という。)を選定し、その総収入金額、売上原価及び売上原価以外の必要経費の額から、別表二記載のとおり、平均売上原価率及び平均必要経費率を算出した。

〈1〉 暦年、建築塗装業を営んでいる者。ただし、次の各号に該当する者を除く。

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者。

イ 小規模事業者で所得税法六七条の二の規定により、収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者。

ウ 更正又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定に基づく不服申立期間または出訴期間を経過していない者及び当該処分に対して不服申立または訴訟継続中の者。

〈2〉 各年分の売上原価の額の合計金額(原告の営む事業の売上原価の額のほぼ二分の一ないし二倍に当たる、いわゆる倍半分基準)が、次の範囲内にある者。

ア 昭和五四年分 金三七万円以上、金一五〇万円未満

イ 同 五五年分 金二五万円以上、金一〇〇万円未満

ウ 同 五六年分 金六二万円以上、金二五〇万円未満

(3) そして、原告の前記売上原価を平均売上原価率で除した金額をもってその総収入金額とし、これから売上原価と、総収入金額に平均必要経費率を乗じた必要経費をそれぞれ控除して、原告の事業所得を推計したものである。

(二) 原告主張の要旨

被告の主張は争う。被告の主張する推計方法は、次のとおり、合理性を欠くものであり、その結果も不当である。

(1) 業者の売上原価率、必要経費率、所得は、創業年数、得意先、仕事の種類、使用する原材料の種類、等級を含めた仕事の手法により大きく影響されるものであり、現に原告は、昭和五四年三月一八日から塗装業を開業したにすぎないところ、被告の主張する類似同業者の選定基準は、これらの要素を考慮していない。

(2) 被告の選定した類似同業者の数は、わずかに三件にすぎず、合理性を担保できる数ではない。

(3) 被告の選定した類似同業者の数値は、かなりの偏差があるから、業態や営業規模の類似性を欠いている。

3  原告による実額反証について

(一) 原告主張の要旨

(1) 課税庁による推計課税は、その合理性が立証された場合には、納税者において特段の反証がなされない限り、これによる所得額が真実のそれに合致するとの事実上の推定を受けるに過ぎないので、これを破る反証としては、納税者の主張額が課税庁のそれより真実に近似していることが立証されることで足りると解すべきところ、次に述べるように、原告の主張する実額反証は、被告主張の推計よりも合理性を有する。

(2) 被告は、売上原価を平均売上原価率で除した金額をもって総収入金額とするが、真実の総収入金額(実額)は別表三のA欄記載のとおりであり、これから被告主張の売上原価(実額。同表のB欄)と総収入金額に被告主張の平均必要経費率を乗じた残余経費(同表のC欄)とを控除して算出した原告の事業所得は、同表の最下欄に記載のとおりである。

(二) 被告主張の要旨

原告の主張は争う。

(1) 実額反証を試み、推計課税を破ろうとする者は、収入と必要経費のすべてについて個々の発生原因事実を遺漏なく主張し、かつ客観的及び合理性を有する証拠資料によって、合理的な疑いを容れない程度に立証することを要すると解すべきである。

(2) ところで被告の主張する推計の方式は、売上原価を基礎として収入金額と残余経費の双方を推計するものであるところ、原告は、前者についてのみ実額を主張するものであるが、このような「継ぎ木方式」では、所得を実額で算定することはできず、かつ不当に納税者に有利な結果を招くおそれがあるので、実額反証として許されるものではない。

(3) また、原告の主張を裏付けるものとして提出された書証は、収入が原告の主張するもの以外にないことを証するものとはいえない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  乙第四、五号証、第七号証並びに証人江川雅久の証言、同宮川外茂次の証言(採用しない部分を除く。)、同中川弘子の証言(前同)及び原告本人尋問の結果(前同)を総合すると、次の事実が認められ、証人宮川外茂次、同中川弘子の各証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) 金沢税務署の所得税調査事務を担当していた江川係官は、昭和五七年六月ころ、上司の統括国税調査官から、その事業規模からみて所得税の申告が必要であると思われるにもかかわらず、これを欠いていた原告の税務調査を命ぜられ、実施調査の日取りを決定すべく、三回にわたって原告方に架電し、また原告からも電話連絡を受けるなどして打合せに努めたが、原告側の都合によって適当な日の折り合いがつかなかったので、取り敢えず同月一四日に原告方に赴くこと、都合が悪いときには連絡してもらいたい旨を述べた。

江川係官は、右指定日までに原告側から連絡がなかったので、同日、石川県河北郡津幡町の原告方に赴いたところ、家族を含めて不在であったので、やむなく、同月二一日に再度原告方に臨場する予定であるので在宅してもらいたいこと、在宅できない場合には電話連絡をお願いしたいこと等を記載したメモを残して辞去した。

(二) そして、江川係官は、昭和五七年六月一八日、原告方に架電し、応対に出た原告の妻である訴外中川弘子(以下「弘子」という。)に対し、メモに記載した日に調査に赴くので原告の在宅をお願いする旨要請した上、同月二一日、同じ部署に属する南係官と原告方に赴いた。

ところが、原告方には、河北民商の事務局長である宮川がいて、調査に立ち会おうとしたので、江川係官らは原告に対し、守秘義務を理由に、宮川を退席させた上で帳簿書類の閲覧を求めたところ、原告は、宮川は会計帳簿の作成の指導をしていること等を理由にこれを拒絶した。

そこで、江川係官らは、このままでは調査に入れないので、反面調査を行う旨を告げて原告方を辞した。

(三) 江川係官は、昭和五七年六月二五日、山崎係官を同行して再び原告方に赴いたところ、原告は不在であったが、弘子が在宅していたので、同女に対して、第三者の立会いなく調査を行いたいこと、原告の協力を得たいので、同月三〇日までに電話連絡をしてもらいたいことなどを原告に伝えてもらうべく伝言を依頼するとともに、同趣旨を記載したメモと「税金申告と調査」と題するパンフレットを置いて原告方を辞した。

しかし、江川係官は、右指定日まで原告からの連絡を受けることがなかったところ、折から同人は人事異動の対象となっていたので、自らは調査を続行することなく、同年七月ころ、以上の経緯を上司に報告し、引継ぎを行った。

2  そこで判断するに、一般に、税務担当職員は、租税の公平確実な賦課徴収を実現するため、納税者からの申告がない場合、あるいは申告が適正になされていないと認められる合理的疑いが存する場合には、課税処分を行うか否かを判断するため、当該納税者その他一定の者に対して質問し、又は帳簿書類その他の物件を検査することができる(所得税法二三四条等)ところ前記認定事実によれば、原告は申告すべき所得を有していると推測するに足りる合理的疑いが存在していた(現に、原告自身、本訴において、申告すべき相当額の所得が存していたことを自認しているのであって、単に原告の所属する民商へ打撃を与える目的で調査に着手したものと認めることはできない。)は認められるから、被告が原告の所得を調査すべく、質問検査権を行使したことは、適法というべきである。

しかして、右質問検査権行使の範囲、程度、時期、場所等の細目については、質問検査の必要と納税者の利益とを衡量して社会通念上相当な限度にとどまる限り、当該税務担当職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)のであって、納税者から調査理由を開示すべきことを求めたり、第三者の立会いを求める権利を肯定すべき法令上の根拠を欠く以上、調査の具体的理由を明らかにしないまま調査に入り、あるいは守秘義務(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条)の存することを理由として調査の際に第三者の立会いを拒絶することは、右裁量権の範囲を超えるものではないというべきである。

そして、前記認定事実によれば、原告は、数回の電話連絡を経て江川係官が指定した第一回目の調査日に、何の事前連絡することもなく不在とし、第二回目の調査日には、民商事務局長の立会いに固執して被告が調査の実効を上げることを妨げたものであって、その後も、江川係官から調査協力の要請があったにもかかわらず、何らの連絡をすることなく無視するなど、被告の調査に一貫して非協力の態度を示したといわざるを得ないから、被告が予め原告に告知した上で反面調査に着手したことは何ら違法ではないというべきであり、かつ帳簿書類の閲覧ができず、原告の所得を実額で把握できなかった以上、推計の方法によって原告に対する課税処分を行う必要があったと認めることができる。

二  争点2について

1  乙第一ないし第三号商及び証人田中信太郎の証言を総合すると、被告による推計の具体的方法は次のとおりであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 被告は、原告の所得税調査につき原告の協力を得られなかったので、原告の取引先である株式会社共栄商会に対する反面調査によって塗料等の仕入れ金額を把握した。

(二) 次に、金沢国税局長から金沢税務署長あての一般通達(乙第一号証)により、本件係争各年度にわたり、前記(第二、二、2、(一)、(2))の基準に該当する類似事業者(以下「類似同業者」という。)の総収入金額、売上原価の額、売上原価以外の必要経費の額及び所得金額をそれぞれ報告するように求められたところ、同税務署長から、三件の類似同業者について報告(乙第二号証)がなされたので、これに記載された数値を基に、平均売上原価率及び平均経費率を算出した。

なお、右報告に際しては、右類似同業者の申告に係る減価償却の金額が定率法によっている場合には、これを定額法によって計算し直した数値に修正するなど、資料の統一化が図られている。

(三) ところで、昭和五四年度は原告の創業年度に該当し、実際の事業月数が一〇か月であったことから、三件の類似同業者の平均期末棚卸残高一・三か月分などを参考にして、二か月分を原告の期末棚卸高とみなすこととし、同年度は仕入金額から一〇分の二を控除して原告の売上原価を算出した(その結果は、前記当事者間に争いのない事実2記載のとおりである。)上、原告の売上原価を類似同業者の平均売上原価率によって除した金額を原告の総収入金額とし、これから、右金額に平均経費率を乗じた必要経費と売上原価の額とを控除して原告の事業所得額を算出した。

2  右に認定した被告の推計方法は、実額で、把握した売上原価から同業者比率である平均売上原価率を用いて収入金額を算出する方式であるから、これが合理的なものとして是認されるのは、原則として、売上原価と収入金額との間に一般的な比例ないし相関関係が存在すると認められる場合に限られるというべきであり、この関係の存在に疑問が生ずる場合には、推計の合理性にも影響を及ぼしかねないといわざるを得ない。

本件において、被告の主張する推計方法の特徴は、その基礎となる売上原価が塗料等の材料の仕入れ金額に限られ(昭和五四年度はこれを修正した金額)、外注費を含まないことであるところ、通常の物品販売業については、このような方法も、仕入金額と収入金額との間の相関関係の存在を一般的に肯定できるから、合理性を認めることができるというべきであるが、本件のような建築塗装業においては、自己の事業所で現実に塗料等を使用して仕事を処理し、収入を得る(このような事業形態を仮に「自己請負」と呼ぶことにする。)場合には、かかる相関関係を肯定できるものの、他の塗装業者に外注又は下請させる方法により、受注した仕事を処理するような場合(前同様、仮に「外注」と呼ぶ。)には、このような相関関係は崩れるといわざるを得ず、特に、一括して外注に出す場合には、自己の仕入れた塗料等を全く使用することなく収入を得ることが可能であるから、この点について何らの配慮ないし補正をすることなく、単純に塗料等の仕入金額を基にした売上原価率を用いて収入を算出する被告の推計方法は、合理性について疑問が残るというべきである。

とりわけ、原告のように、使用人を雇うことなく個人で塗装業を営む者については、自分の事業場で処理できる仕事量には自ら限界があると考えられるから、これを超える仕事を受注した場合には、外注によって処理される蓋然性が高いといわざるを得ない。

したがって、収入の中に売上原価と比例しない部分が含まれている可能性ないし蓋然性があるにもかかわらず、平均売上原価率を用いた推計方法が合理性を有するためには、類似同業者と当該納税者との間に、業態及び事業規模において、より強度の類似性が肯定できる場合、すなわち、事業収入のうちに占める自己請負と外注との割合が類似していると考えられる場合でなければならない(さもなければ、事業収入に占める自己請負と外注との割合を区分し、後者については売上原価以外の指標をもって収入を推計するなど、所要の補正を行うことを要するというべきである。)。

3  そこで、まず、原告の業態ないし事業規模について判断するに、証人中川弘子の証言及び原告本人尋問の結果によると、

(一) 原告は、昭和五三年四月ころ、それまで約二〇年間にわたり、長距離トラック運転手として勤務していた運輸会社を退職し、石川県立金沢高等職業訓練所の塗装科に入所し、約一年の職業訓練を受けて同五四年三月ころに建築塗装業を開業した。

(二) 原告は、開業当初は、塗装業者や建築業者との繋がりを欠いていたため、専ら友人、知人のつてをたどって仕事を受注する状態であり、受注場所も原告の居住する町内や郡内が多かったところ、経験を積むにつれてその範囲が拡大し、やがて昭和五六年に入ると石川県外の仕事を受注することもあった。

(三) したがって、当初は、仕事の内容も一般家庭から依頼された家屋の塗装塗り替えが中心で、たまには同業者からの下請受注もあったが、屋外の作業は天候によって左右されることも多く、自分一人でこなせる作業量を超える仕事を受注することはほとんどなかった。

しかし、原告が実績を積むにつれて受注量も増加し、昭和五六年ころに至ると、受注した仕事を外注に出し、同業者の応援によって処理することもある程度あった。

以上の事実が認められるところ、現に、甲第二一、二二号証に記載された外注に係る受注額(右各書証に記載された以外に外注によって処理した仕事がなかったかはさておき、これらに記載された限りにおいては、被告から何らの具体的反証がない以上、事実を反映しているものとして採用することができる。)は、昭和五四年度が金五万七五〇〇円、同五五年度が金一五万一〇〇〇円、同五六年度が金四五万三〇〇〇円であって、初年度はわずかな金額であるが、年度の経過に従って増加していることが認められる。

そうすると、原告は、開業当初においては自分一人で処理することが十分に可能な程度の仕事量を受注していたにすぎなかったが、次第に実績を積んで事業規模が拡大し、同業者や建築業者との繋がりも深くなって受注量も増加してくると、ある程度の仕事を外注に出して処理することもあったというのであり(右は、一般常識にも合致する。)、これを一般化すると、事業を十分に展開できない開業当初と、これが軌道に乗った後の年度とにおいては、収入に占める自己請負と外注との比率は相当に異なり、事業規模が拡大するほど自己請負の割合が低下する蓋然性が高いと考えられるところ、原告には、右に述べたような開業して間がないという特殊事情が認められるのであって、本件係争各年度においては、収入に占める自己請負の割合が相対的に高かったと推認するのが相当である。

4  他方、被告が類似同業者として選択した三業者は、乙第一号証及び証人田中信太郎の証言によると、「暦年、建築塗装業を営んでいる者」が対象とされ、開業年数については何らの限定も加えていないことが認められるので、原告に認められるような特殊事情の有無は必ずしも明らかではない(むしろ、前掲田中証言によると、類似同業者として、事業がある程度継続した者を選定していることが窺われる。)。

そこで検討するに、甲第四、五号証、第一〇号証、第一四ないし第一九号証を基礎資料として作成された甲第一号証、第六号証、第一一号証中に、売上金額と実働日数の記載があるものをそれぞれ集計してみると、次の数値になることが認められる(なお、右各書証の一部には、推測によると思われるもの、互いに金額が齟齬するもの、裏付となる原始資料が見当たらないもの、枚数の一部が見当たらないものなど、正確性に疑問を抱かせる部分もあり、これらに記載された以外の仕事を受注しなかったことを断定するには不十分であるといわざるを得ないが、大部分の記載については疑問を生ぜしめるに足りる証拠はなく、後記のとおり、稼働一日当たりの収入を算定するには致命的な欠陥を内包するものではないと解される。)。

(一) 昭和五四年度 実働日数一九七・五日 収入金二六二万三九五〇円

(二) 同 五五年度 実働日数一四九日 収入金二五二万一三五〇円

(三) 同 五六年度 実働日数二二四日 収入金四四三万一一〇〇円

そうすると、原告の稼働一日当たりの平均収入は、昭和五四年度で約金一万三三〇〇円、同五五年度で約金一万六九〇〇円、同五六年度で約金一万九八〇〇円となるところ、建築塗装業者(原告のような個人業者は、実体としては、いわゆる「塗装職人」と呼ぶのが適切であろう。)の日当は、開業直後の原告はある程度低額にて仕事を受注していたという事情を斟酌するとしても、著しく相違するものでないと考えるのが自然であるので、三件の類似同業者も稼働一日当たり右金額程度の収入を得たものと仮定すると、その収入を得るために必要な想定実働実数は、おおよそ次のとおりとなる。

(一) 昭和五四年度 ア業者六三一日 イ業者四七三日 ウ業者四九五日

(二) 同 五五年度 ア業者四五三日 イ業者三四七日 ウ業者三六九日

(三) 同 五六年度 ア業者五八二日 イ業者三四四日 ウ業者二九三日

ところで、被告の選定した類似同業者は、前記のとおり、売上原価(塗料等の仕入原価)が原告の約二分の一から約二倍の範囲の者であるから、その実体も、原告と同様、個人業者である可能性が高いというべきであるが、そうだとすると、右に算出した想定実働日数の過半数は一年を超えており、かろうじて一年の日数内に収まっている業者も、北陸地方特有の不順な天候を考慮すれば、実際は達成不可能な数字であることが明らかである。

逆にいうと、右類似同業者は、いずれも自己請負による収入の外に、外注による収入を得ていることが強く推認できる上、その割合も相当に高いと考えられる(ちなみに、甲第一号証、第六号証、第一一号証、第二一、二二号証に顕れた数値によると、原告の収入に占める外注の割合はさして高くない。)から、原告と比較して、その収入の構成に著しい相違があると疑うに足りる十分な理由があることに帰する。

もっとも、これに対しては、右類似同業者は、原告の売上原価と類似する者を選定しているから、事業規模において類似性があり、したがって収入の構成についても類似性を肯定すべきであるとの反論も予想できるところである。しかしながら、前記のとおり個人業者が自己の事業所で作業を行う場合には、その使用される塗料等の原、材料の量にも自ら上限があると考えるのか自然であるから、売上原価の金額には類似性があるからといって事業規模も類似性があるとは限らず、かえって、個人で処理できる量を超える仕事を受注した場合には、これがすべて外注によって処理されざるを得ないから、売上原価は類似しても収入は格段の相違が生ずる場合も十分にあり得るというべきであり、前記反論のみによって、原告と類似同業者の間の類似性を肯定することは妥当ではない。

5  そうすると、被告の主張する売上原価(仕入原価)を基礎とした推計方法は、元来、その妥当範囲が限られていると考えられる上、本件においては、原告の有する特殊事情を十分に斟酌しないものであって、実体よりも所得額を過大に算出した蓋然性があるから、合理性に欠けるものといわざるを得ず、結局、本件処分は、その余について判断するまでもなく違法というべきであり、他に何らの主張、立証の存しない本件においては、本件処分のうち原告の自認する所得を超える部分は、取消を免れない(なお、原告の自認する所得は、同じく自認する収入から被告の主張する一般経費率を乗じた金額を経費として控除しているところ、前記のとおり類似同業者の一般経費は外注に係る費用を相当額含んでいると推測されるので、その率は原告のそれよりも高率となっていることが予想され、この意味では原告の自認する所得は実体よりも低額に押さえられていることが考えられるが、本件証拠上はこれらの詳細を明らかにすることができないので、被告の主張する推計方法が採用できない以上、原告の自認する金額を超える所得の存在を認定することは不可能でもある。)

三  結論について

よって、本件処分のうち、原告が自認する所得を超える部分を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤幸雄 裁判官古賀輝郎、同西井和徒は、いずれも転補のため署名、捺印できない。裁判長裁判官 加藤幸雄)

別表一

〈省略〉

別表二

(昭和54年分)

〈省略〉

(昭和54年分)

〈省略〉

(昭和54年分)

〈省略〉

(所得計算書)

〈省略〉

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